英語の学習における単語の重要性を否定する人はまずいないでしょう。極端な構文中心主義者の中には,構文の重要性を強調するあまり,単語重視を嫌う人もいますが,それは,故伊藤和夫師のように単語を覚えるくらいは朝飯前?という人だから言えることです。誰もが多かれ少なかれ英単語の覚え方で苦労しています。しかし英単語の効率的な覚え方ということになると,ほぼ全員が認めるのは,反復の重要性くらいでしょう。単語集で覚える,文章中で覚える,単語カードで覚える,単語帳で覚える。語源で覚える,接頭辞や接尾辞で覚える。耳で聴いて覚える,声に出して覚える,紙に書いて覚える。単語テストで覚える。人によって言うことは実にさまざまです。それぞれが一部の人にとって,自分にとってはたいへん有効だ(った)からです。私自身は受験生のころ通学の行き帰りに乗り物の中や待ち時間だけを使って,目だけで単語集で覚えました。半端な時間だからこそ有効に使えたのです。しかしこれが誰にでも有効な方法だとはまったく思っていません。
人の記憶力には著しい個人差があります。特別な記憶術など使わなくとも,相当に分厚い単語集を二,三回さっと繰り返しただけで,派生語・同義語・反意語・例文のすべてを丸々覚えてしまう生徒もいました。いっぽう家系的に暗記に弱いと言われた生徒は,センター試験英語の第一問~第ニ問の知識問題は零点でしたが,文脈を追う力で単語不足をカバーして第三問以下は全問正解でした。人の個性は驚くほど多様です。私も長年の経験から,様々な方法を試みてきましたが,万人向きの奇跡の方法は存在しません。しかし試行錯誤を経て,複数の生徒の単語力を同時に鍛えるにはこれがベストだと思う方法に辿り着きました。
最も手軽な方法は,高校や塾・予備校で指定の単語集を使用し,範囲を決めて週一回なり二回なりテストをしていくやり方です。一回で覚えられる人はまずいないので,段々範囲が広くなり,一度に百個くらいテストする場合もありますが,これで覚えられる人はたいてい,自分で単語集を使って覚えられる人です。勤勉で記憶力も良いタイプです。覚えるそばから忘れていく普通の生徒にインセンティヴを与えるために,何百という単語を一度にテストして成績を張り出す高校や塾もあります。また一語一義という根強い考えがあり,とにかく知っている意味を一つ挙げればよいというやり方もあります。こうしたテストは何もやらないよりはましという程度の効果しかないように思います。次第に入試の時期が迫り,自分の単語力に不安や危機感を抱く生徒は,オフィシャル(?)なテストとは別に,読解のテキストを元に自分で単語カードや単語帳を作るようになります。こうした生徒の合格率は高いようです。
私も塾・予備校の講師をしていたころは(自分で塾を始める前は),市販の単語集の代わりに,前回,読解の授業で扱ったパッセージから単語を選んでテストする方式に切り換えていました。単語集を使ったテストのほうがよいと言う生徒は一人もいませんでした。また,英作や文法対策を兼ねた,基本英文700選的な暗記例文のテストや duoのように一文の中でいくつもの単語を覚えられる例文も作りました。人が考えつくようなことは私もみな考えました。しかし結果はいまひとつでした。さらには速読英単語と似てはいますが,もっと単語を覚えることに重点を置いた,必須の単語と熟語だけを使ったパッセージも用意しました。入試の英文を適当にアレンジしたものです。速読英単語は,類似の出版物があまりないせいか,Z会の販売力のせいか,世間の評判は悪くないようですが,そもそも速読という行為と単語を覚えるという行為は目的が根本的に違い,速読というにはパッセージが短く,単語集にしては重要な単語があまり見当たらず,私自身はあまりというより,ほとんど評価しません。以下に私が作った「読解英単語」の一例を載せておきますが,これは今でも時々使用することがあります。一応精読用の設問も付いていますが,長文主体の入試の現状にはいまひとつマッチしないように思います。
Power of concentration is a very valuable quality, which few people ( 1 ) without being educated. It is true that (1)it grows naturally, to a considerable extent, as young people get older; though very young infants
seldom think of any one thing for more than a few minutes, with every year that passes, their attention grows stable until they are adults. Nevertheless, they are hardly likely to acquire enough concentration without a long period
of intellectual education.
There are three qualities which ( 2 ) perfect concentration: it should be intense, prolonged and voluntary. Intensity is illustrated by the story of Archimedes, who is said to have never noticed when the Romans came to kill him, because he was absorbed in a mathematical problem. To be able to ( 3 ) on the same matter for a considerable time is essential to difficult achievement, and even to the understanding of any complicated subject. (2)A spontaneous interest brings about this naturally, so far as the object of interest is concerned. Most people can concentrate on a mechanical puzzle for a long time; but
this is not in itself very useful. To be really valuable, the concentration
must also be within the control of the will. By this, I mean that, even
where some piece of knowledge is uninteresting in itself, men can ( 4 )
themselves to acquire it if they have an adequate motive for doing so.
(3)I think it is, above all, the control of attention by the will that is given by high education.
1. 空所 (1)ー(4) に入る最も適切な語を,与えられた語群の中から選びなさい。ただし同じ語を2度用いてはいけない。
[distinguish force concentrate acquire depend strike]
2. 本文中に,concentration と近い意味で使われている語がある。その語を書きなさい。
3. 下線部 (1)-(3) を日本語に訳しなさい。下線部(1)では it の内容を明らかにして訳すこと。
【全訳】集中力は大変に貴重な特質だが,教育を受けずに集中力を身につける[習得する/獲得する]人間はほとんどいない。なるほど子供が成長するにつれて,集中力はかなりの程度,自然に発達する。非常に幼い子供は,どんなひとつのことについても数分間以上考えることはめったにないが,年月が経つと共に,大人になるまで彼らの注意力は安定していく。それにもかかわらず,長期間の知的教育を受けることなしに子供たちが十分な集中力を身につける可能性はほとんどない。
完全な集中力を特徴づける[際立たせる/区別する]特質が3つある。完全な集中力は,強力 [強烈] で,長時間に及び,そして自発的でなければならない。強力さは,アルキメデスの話がよい例で
[アルキメデスの話によって例証されているが],彼は数学の問題に夢中になっていたために,ローマ人たちが自分を殺しに来たときまったく気づかなかったと言われている。同じ事柄[問題]にかなりの時間集中できるということは,困難なことを達成するのに,それどころかどんな複雑な問題[主題]を理解するのにも,必要不可欠である。興味の対象
(である事) に関するかぎり,自発的な興味によって自然にこれができるようになる [自発的な興味がこうした能力を自然にもたらす]。たいていの人は機械的なパズルに長時間集中できる。しかしそのこと自体はそれほど役に立たない。本当に役に立つ[価値がある]ためには,そうした集中力はまた,意志によってコントロール[制御/支配]されていなければならないのだ。こう述べることによって私が本当に言いたいのは,ある知識がそれ自体は興味深いものではない場合でさえ,その知識を習得する十分な動機があれば,人はそうすることを自分に強いることができるということである。高等教育によって得られるのは,とりわけ,意志によって注意力をコントロールすることであると私は思う。
このパッセージの白文を作って,下に覚えるべき単語と熟語を書き出し,右ページに全訳を付します。単語と熟語を組み合せ,生徒の学力に応じて,英文和訳か和文英訳の設問を何問か作り,復習テストとして課すわけです。予習と授業と復習と三回繰り返すと,かなり定着します。英文のテーマや難易度はいくらでも変えられます。これにリスニング用のCDが付いていれば速読英単語と似ていると言えば言えますが,重要な単語を覚えること,それも読む語彙だけでなく書く語彙にも意識を向けている点で違います。ただし,両者とも,超長文化した現在の入試の英語で長いパッセージのストーリを追うという視点からすると物足りないと思います。一つのパッセージをもっと長くするべきでしょう。そうすれば入試を超えた本格的なリスニング対策にもなるはずです。
なお,その後,書店で「読解英単語」という本を見かけましたが,最近は見当たりません。ネットで調べると今も学研から出ているようです。中味を精査していないので何とも言えませんが,やはり速読英単語にシェアーを奪われているようです。実は一部通塾生も含む一般の受験生に対して,私は前述の自分の意見に反し,ターゲットという単語集や速読英単語を薦めることが少なくありません。消去法でそうなる面が強いのですが,本人が気に入っていれば,それはきわめて重要な要素なのです。やはり相性は大切です。しかし,これからが本題です。
今年の受験生にも様々な単語集を使っている人がいます。この単語集が一番だ,この英単語の覚え方が一番と思っている人に,それを批判したり否定したりすることは,その人の足を引っ張ることになりかねません。自分との相性の良し悪しが最後の決め手だということは,なにも英語の勉強法や参考書の選択に限らず,何事にも当てはまると思います。しかし子供のころの偏食のように,それが必ずしも自分にとって好ましい結果をもたらすとは限りません。最初は馴染めなくても慣れてくるうちに抵抗がなくなって,相性が良くなることもあるからです。 ごく月並みな結論になりますが,単語はやはり文章中(文脈の中)で覚え,単語集はその確認に使うのがベストだと思います。ただし,この順番を逆にする,つまりまず単語集で覚え,それを文章中で確認するというやり方もあると思います。
かつて例文も付いていなかった頃に比べれば,「ターゲット」もずいぶん進化しました。一応,別売りで単文の例文用のCDも付いているようです。発音・アクセントの確認には役立ちますが,それ以上の効用はないかもしれません。この単語集の最大の売りは1900語で難関大学にも対処できることでしょう。ここで差がつく難単語 400語で本当に差がつけば実に効率が良いことになりますが,必ずしもオーバーな表現ではないように思います。基本単語 800語の中にもかなり重要な単語が含まれています。英単語を単語集で覚えられるタイプの人には向いていると思います。あとは相性の問題であり,システム英単語でも単語王でも何でも良いわけです。
ほとんど評価しないと言いながら,高校生・受験生に「速読英単語」を薦めることが少なくないのは,まさに消去法です。単語は文章(文脈)の中で覚えるのが最も記憶に残り易い,つまり定着し易いからです。市販の参考書の中で実際にこれを取り入れているのは速読英単語と,同じZ会で出版されている類書だけです。ではなぜ評価しないのか。前述の通り,速読というにはパッセージが短く,単語集にしては重要な単語があまり見当たらないからです。しかしこの弱点がさらに大きな弱点を生んでいることに気付いていない人が多いようです。
上記の阿佐谷英語塾の「読解英単語」はかなりの短文で,対象は(最)難関大学を目指す高1生か高2生ですが,空所に入る語を含めると250語はあります。次回はページを改めて「速読英単語」の前述の大きな弱点(欠陥)を取り上げます。けっして批判のための批判ではなく,本当に受験生のためになる参考書を誰かに書いてもらいたいからです。残念ながら,現在の私にはそこまで手を広げる余力はありませんから。